■プロフィール

磯部 千秋様  旧姓 喜多 
  (いそべちあき)


 昭和63年 椙山女学園中学校卒業
 平成 3年 椙山女学園高等学校卒業
 平成 7年 椙山女学園大学人間関係学部 人間関係学科 社会学専攻卒業
   講演のお知らせ 劇団クセックACT
■ 現況報告(卒業〜現在)

 大学卒業後、就職。
秘書検の資格を有する同期が何人か居る中、資格を持っていないのに総務部総務課に配属され、驚きました。
仕事では「資格は目安。実力と運次第。」と思いました。
そして、取引先の写真店へ転職、舞台の知人から紹介されたCMやアフレコの仕事もさせて頂きました。
その後、多治見市観光協会PRセンター設立メンバーとして採用され、TVや雑誌などマスコミや旅行社へのPR活動、まちづくりや観光関連の講師活動を行い、多治見市の知名度を高め観光客を呼べる町へと進化させる事ができました。
しかし、激務とそれに見合う報酬を得られない事から、「天職」を断念し「転職」を決意し、全くの異業種であるお墓の会社へ転職し、現在は霊苑の現地案内所に勤務。
大切な家族や親族を亡くされた方と対面する事で日常マナーを勉強するきっかけとなりました。
仏教だけでなく、世界の様々な宗教を知ることは、国際問題や民族紛争を知る事になりますし、家紋などの彫刻は歴史や地域文化につながります。
ライフワークである「劇団クセック」は、大学卒業と同時に入団しました。主にスペインですが、海外公演まで出掛ける本格的な舞台活動をしています。
海外公演に行くと、私たちがアマチュアである事、それぞれが仕事を持って舞台活動をしている現状に非常に驚きます。
宣伝が上手ではない劇団ですし、アマチュア劇団なので、「続ける事の難しさ」を痛感しています。
おそらく、日本でアートやスポーツ活動に携わる人が抱えている共通の問題だと思います。
仕事と家庭と劇団の三角バランスを保つのは大変ですし、贅沢な生活はできませんが、映像職人の夫とハングリーな生活を送っております。
結婚後、職場では「磯部千秋」、舞台や創作の場では旧姓のまま「喜多千秋」として活動させて頂いております。
■ 椙山の思い出

 良いクラスメイトと先生に恵まれ、中学時代は学ぶ事が楽しい!という「まじめな生徒」でした。
母が椙山在学中に高校演劇部が全国大会で優勝と聞き、私も高校生になったら演劇部に入り全国大会で優勝したいと密かに思っていました。
「念ずれば花開く」。見事、全国大会で優勝しました!
平成1年(1989)8月 第35回全日本高等学校演劇大会優勝 文部大臣賞・創作脚本賞受賞
その代わり、テスト前と期間中以外は、日の暮れるまで稽古。夏休みは合宿と大会。冬休みのクリスマスも大会。春休みも稽古と公演。
高校3年間は演劇部を中心にした生活でしたが、生涯の友と言える仲間と、想像力と創造力を得ることが出来ました。
活動に没頭する私達を、嫌な顔せず、家族ぐるみで支えてくださった顧問の先生にも感謝しています。かけがえの無い時間を過ごすことができました。
振り返ると、今ではとても出来ないハードな生活でしたが…。
そして、人生楽しいばかりではないという事を知ったのもこの時期でした。
全国大会で優勝すると、プロの劇団からの勧誘がありましたし、東京か大阪の大学を経てプロの演劇人として生きようと思った時期でした。
高校3年生の時、プロと一緒に演じる機会があり、実力の差に打ちのめされました。また、人間関係学部への興味も捨てきれず、椙山を選びました。
そのおかげで、高校時代に有頂天になったままで演劇の世界に入らず、人間関係学部での4年間、演劇と自分の関係をじっくり考えられて良かったと思います。
■ 同窓会に対して、同窓生にむけてなど

 地道な活動を続けておられる同窓会の皆様に感謝しております。
椙山という「絆」が、社会人生活の中で「さり気なく励ましてくれる心強い存在」」として感じる瞬間があります。

■ 在校生に向けて

 「あの時ああしておけば良かったのに」と悔やむような人生は私は嫌です。
自分に後悔することほど、つらいことって無いと思います。
だから、自分が選んでやることに納得して、毎日を重ねていけたら良いなと思います。
「楽(らく)」に流れるのではなく、「しんどいけど、楽しい」と思えるように過ごして行けたら幸せだと思います。
どんな状況であっても、「自分自身が今の自分に納得できる」ならば、つまらない人生にはならないと思います。
■ 新たな100年に向けて、椙山への思い

 「人間になろう」という言葉の意味の重さは社会人になって、より一層実感する事ができました。
これからも、人間として素敵な女性を輩出する椙山を応援していきます。